不安と寂しさ幼少期編
漠然とした不安や寂しさを感じながら生きることの大変さは誰もが想像に容易いと思う。
かく言う私も恥ずかしながらそんな感情を常に感じて生きてきた人間の一人です。
はい、私です。
いつかはこの不安も消えて、心穏やかに過ごせるだろうと、見て見ぬふりを決め込んできたものの、思春期を超え社会人となり歩き出して幾分かたった今でも、その感情が消えることは未だなく、上手く付き合えているようないないような、そんな日々である。
思い返すと幼い頃からそんな不安を感じて生きてきたように感じる。
自分の思い出せる最古の記憶は、幼稚園の年少か年中か、そのくらいの時になる。
そのとき抱いていた感情は、喜びや楽しさといった類の感情ではなく、やはり不安と寂しさであった。
幼稚園の頃、幼心に孤独を感じていた。
今思えば多感な子供である笑
失敗を極端に恐れた結果、工作は苦手で誰にも聞けず、先生に気づいてもらい手伝ってもらうまで一人作業をしてるふりに勤しんだ。
折り紙なんて特に苦手で、先生がみんなで進めようと言っていることについていけなかった。それでも周りの子に何か言われることが嫌で、さも進んでるように振る舞っていた。
でも実際折り紙は半分におったまま何も進んでいない、そんなことがあったことを今でも覚えている。
寂しさに関して言えば、仲間はずれになることも嫌だし、何か悪口を言われるんじゃないかと常に怯えていた。
子供は無邪気だ。何となしに放つその言葉が、私の幼心にナイフのように突き刺さった。
休み時間に園庭で自由に遊ぼう!なんてものは地獄だ。
誰かを誘おうと思っても断られるのが怖くて声もかけることができない。
誰かに誘われても上手く遊べるかわからなくて、嫌な思いにさせたらどうしようと、違うことしたいからーなんて一人を選んだこともあったと思う。
半ば無理やり遊びに加入させられた日には、どうにか目立たないよう目立たないようにしたものだ。
そもそも自分は体が弱く、幼稚園を休みがちであった。
父親から受け継いだ(?)小児喘息があったからだ。
夜中に何度病院に行き吸入したかわからない。
熱もよくだし、入院も何度もしていた。
その結果、母親といることが多くなり、幼稚園は行っても週2.3日がザラだったように思う。
その結果、幼い自分は周りに馴染めなかった(と勝手に思ってるだけなのだが)。
馴染む勇気も気力もなかった。
年長になってもやはり周りについていくことが精一杯で、イベントはほとんど熱や喘息で休んでいた。
おそらく、精神的にくるものも恐らくあったのだと思う。
卒園式の前ぐらいから、鼻をピクピクする癖が出るようになり、残された卒園式の映像では常に鼻をピクピクさせている自分がしっかり映っていた。それを家族に指摘された何とも恥ずかしい思いをしたのを鮮明に覚えている。
本当についさっき、この鼻の癖は何だったのだろうとふと思って調べてみると、一過性のチックだったのではないかと結論づけた(素人の勝手な判断だから当たってるかは分からないけれど)。
そんなのが起こるくらい、外界というとのは自分にとって常に苦しみ悲しみの対象であり、いつ家に帰れるかを気にしていたのである。
読みきれない時計を、何となく針の位置でもう直ぐ母親が来る時間じゃないかと心待ちにしてたことも覚えている。
冒頭に書いた、漠然とした不安や寂しさは、わずか生まれて4.5年で、幼い自分を支配していたことが理解できる。
愛情不足からくる不安障害か?なんて思ったりもするが、過保護なくらい母親はそばにいた気がする。現段階で答えが出ているわけではないのだけど、きっとそばにいすぎた結果外界の居心地の悪さに辟易としていたのではないかと思う。
先生たちは口々に自分をいい子だねと褒めた。
人の気持ちがわかって優しいねと。
それはそうだ、嫌われたくないから他者に優しく無難に過ごしているだけなのだから。
そんな幼き頃の感情が、未だに自分を形作り、構成しているのだから三つ子の魂も何とやらだ。
いつかこの苦しみから解き放たれる時が来るのだろうか。
難しいだろうと思いながらも、少しばかりの淡い期待を感じているのはこのブログだけの秘密である。
夢中の素晴らしさ
はじめに
もっといい人生を送れるように努力しなければと思いつつ、それを他人に指摘された時、少しむっとしてしまう。
そんなことは分かっているし、そもそもあなたに何がわかるのか。
あなたは私の人生の何を見てきたのか?
さも当然のように言うけれど、結局は誰も自分の人生に自分の責任など持ってくれないじゃないか。と、少し怒りにも似た感情を感じた。
私です。
王貞治さんとイチローさんの対談
野球好きはもちろん、野球好きでもない人でもこの二人はなんとなく知っているだろう野球界のレジェンド、王貞治とイチロー。
私はスポーツニュースで放送されたのを見たのだが、ユニクロの企画でレジェンド二人が対談をした模様。
ぜひ見て欲しい。
野球好きな私からすると全編楽しく見られるのだが、今回注目したいのは、終盤に話していた「夢中になれるのが一番いい」と言うお二人の話していたところだ。
「野球の未来」から始まり、「これからの時代を生きる子供たちへ」と、話が移り変わるところだ。
私の主観が入るが、要点としては、
自分たちは野球という夢中になれることに出会え幸せな人生だと思っている。
これからの野球を担う子供達には、もちろん野球を好きになってもらい、楽しみながらやって欲しいという二人の願いがありつつ、ただ野球でなくてもいい。何か夢中になれることを、明日もやるぞと思えることを持つこと。それを伝えていく必要がある。
ということだ。
王さんは、「絵でもなんでも、夢中になった人がもっといいものがあるはずだと追い求めていく。30でもいい、40になってからでもいいからその気持ちを持っていたほうがいいよね」と話した。
真意は分からない。これからの未来を担う子供達に対しての言葉として、子供たちが小さい時に得た夢中になれるものを、ずっと大事にできたらという言葉のニュアンスで王さんは言ったのかもしれない。
しかし、明らかに「30でもいい40になってからでもいい」という話ぶりをされていた。ここで大事なのは「から」というところだ。
小さい時に得た夢中になれるものでなくても、30・40になってから見つけたり始めたことであっても、夢中になることの大事さを説いているように、私は勝手ながら感じたのである。
自らを振り返ると
確かに人間は何かに集中している時、雑念は消える。
自分は売れないミュージシャンをしていたこともあり、ギターを弾いて曲を作るのが趣味だが、やはり制作に没頭しているときは、雑念は消える。(悲しさや苦しさからの政策は制作中も苦しさを伴うものの、やはりメロディや楽器のフレーズを録音したり考えているとき、それらは一瞬でも消えている気がする)
何もなにか制作している時だけでなくてもいい。夢中になる瞬間は、生活に溢れている。美味しいお肉を食べている時(あくまでも食べて味覚を感じているその瞬間は)、ああ人生辛いなあと思いながら食べることはなかなかに難しいと思われる。
少なくとも一瞬は気が紛れると思うのだ。※瞬間かもしれないけどね。
没頭や夢中の凄さは身をもって経験し、その凄さは理解できる。
あくまでも自分本位で申し訳ないが、自らが何かに悩み苦しんでいる時というのは、その苦しみの原因が頭のほとんどを支配してしまっている。
視野狭窄ではないが、起こった出来事に執着し、ああすればよかった。こうすればよかった。自分は失敗した。選択を間違えたのかもしれない。
あの人に嫌なことを言われた。あの人は信用できない。あの人は好きじゃない。
などなど。
冷静さを欠いているのである。
その状態を悪いと断罪したいわけでもない。
きっと人間誰しもそうなることはある(と思いたい)。
ただし、そういった状態はできる限りないほうがいいに決まっている。
そうなった時の対処法ももちろん重要だがならないようにすること、これもまた大事だ。
そんな時に夢中になれることの大事さが生きてくるのだと思う。
歳を重ねるたび、変わらない日常に嫌気がさしたり、自分の価値が見えた気がして、明日が来なくてもいいと思う時が多々ある。
現状がよっぽど恵まれてなければ、そう言った状態に陥るのだ。
でも王さんは言った。
30でも40になってからでもいいと。
何歳になっても夢中になれるものを見つけたり、夢中に生きたほうがいいのだと。
少し救われた気がした。
私は、30も過ぎて何にも、何者にもなれなかった自分を、段々嫌いになっていたからだ。
少し歌がうまかったり、文章書くのが上手い〜なんて自惚れ、自分はきっと他者とは違う。10代の頃から、周りから身を守るようにそうやって自らを鼓舞して生きてきた。そうしないと潰れそうだった。劣っていることを認めたくもなかった。
でも、そんな隠れ蓑に隠れてるだけでは、結局救われることはなかったんだ。
ただ、その隠れ蓑たちはやっぱり自分を守ってくれる存在だった。
他者を拒絶している側面もあるが、それと同時に、夢中という没頭の世界へと自分を誘ってくれる側面もある。
他者と比較するのではなく、ただただ自分の世界で、自分の満足するために行動する。
その時には幸福も不幸も、何者であるかなんて一切関係ないところにいる。
今この文章を書いている瞬間もそうだ。
この文章が評価されたいわけでもなく、伝えたいことはあるが、全世界の人たちに分かって欲しいというわけでもない。自分が書きたくて、それこそ夢中になってキーボードを叩いている。
この瞬間は悲しさも超越できている気がする。
どうしても、悲観的な陰鬱な気分になりがちな自分ではあるが、文章を書くことは苦じゃない。もう少し上手くかけたらなという向上心も少なからずある。
王さんによって、自分も30代になってからだけど、また一つ夢中になれることを見つけられた気がする。そんな日曜の昼下がりでした。
精神疾患の方に、お医者さんは日記を書くことを進めることがあるらしい。
文章にすることで客観的に物事を認知し、かつ自己理解を深めることが目的だそうだ。
自分の苦しさに漠然と首を絞められてしまいがちだが、自らの苦しみに向き合うことが、客観的に自己と向き合い、確実な一歩につながるのだろう。
駄文・散文で申し訳ないです。
でも、自らの思考の一助として。
これからも細々続けていきたいと思います。
外は大雨
なんとなくその場その場の人生のチョイスを、自らの直感を信じ生きてきたものの、
なんとなくだけどどれも少し外れてしまっていたような気がする。
そんな私です。
もちろん、なんとなくの中にはテキトーにこっちでいいっしょみたいな軽いノリで決めたものもあれば、悩みに悩みかねて自分がその時点においては最善であると判断したことなど、考えた時間や決めた物事の大小はそれぞれ異なるわけだけど。
今朝、「自分がしたいことってなんだろう」と、ほんとに10分前に目覚めた時、まだ酔いが残っている頭で浮かんできたので考えてみた。
多分、昨日の飲み会の影響が大きいんだろうと思う。
昨日は20代の時勤めていたアルバイト先のアルバイターと社員数名で集まり、久々に当時アルバイト先で通勤していた新宿で、これまた当時よく行っていた中華料理屋で食べ飲み放題を満喫したのだ。
各々は個別でここ何年か会っているようだったが、自分や全体としての会は約7、8年ぶりの再会。
積もる話もありそうではあったが、話の主題は別のところにあり、集まる理由もそれによるところが大きい。
そのアルバイト先で部長をしていた人が、1年前に自ら命を絶った。
しかも、世の中では一番嫌われる死に方で。
その衝撃たるや人生で一番のショックといっても過言じゃない。
なんであの人が?
何かできなかったのか?
自問自答は1年経った今も変わらず、自分にとってその人の存在の大きさは計り知れないものだったのだと再確認した。
ちょうど今月で一周忌を迎えることもあり、懐かしいメンツで集まろうと、前出の飲み会が催されたわけだが、やはりその人のことで話題は尽きない。
馬鹿話ももちろん繰り広げられるわけだけど、自分がコンビニで印刷した写真を100均の写真立てに入れ、遺影さながらの写真から覗く部長の顔が目に入ると、やはり亡くなってしまったんだなと切なさにも悲しさにも形容し難い感情がどうしても胸を支配してしまう。
亡くなってしまった理由は本人しか分からないし、外野の人間が考えすぎるのも良くないよ。忘れるわけではなく、考えすぎないようにしなよ。
なんとなく知り合いにいわれたこのワード。
自分はどうしても彼が苦しんでいた事実をなんとなく察知していたのにもかかわらず、何もできなかった。いやしようとしなかった。
その悲しさや苦しさに寄り添うことができなかった。
残された人間は、何もできなかったことを正当化するように先のワードを放っているようにしか私には思えなかった。
正当化するというと言い方がきついかもしれないけど。
責任はもちろん当の本人が招いた結果なのだから、我々には関与できない部分なのは確かにそうなのだと思う。
アドラー的発想だ。
でもどうしてもそんな大義名分は置いといて、自らの後悔は消えることがない。
話を戻します。
そんなこんなをずっと考えてきたから、人生というものがなんなのか、30年と少し経った今もまだ分からないままでいる。
「なんのために生きるべきなのか」という10代から感じて考えていた頃から何も変わっていない。
この哲学的問いは、積極的に生を肯定することで、死を越えようとすることに等しい。
なるほど、私は「生」をどうにか定義づけることで、「死」に至らぬよう、遠ざけるようずっと自問自答しているのだと思う。
その生を謳歌するための目的を問うた時、「何がしたいんだろう」という冒頭の問いにつながるわけである。
大切なひとの死をもって、余計に死というものが身近になってしまった今年一年。
ずっと彼の後ろ姿を追って生きてきた今までだったけど、より考えてしまう一年だったし、多分またその一年が今日から始まったんだと思う。
そして、若干の二日酔いの頭で気づけば文章を打っていた。
ああ下手くそだけど文章書きたい。
それが「今」のしたいことみたいです。
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以下おまけ
酔っ払うとつい誰かに連絡したくなる病がある。まあ大体はその時気になってる女子とか、昔いい感じだった女子とか、めんどくさい類の男の絡みメール(今はラインだね)なんだけど。。。
大体翌日朝恥ずかしくなって後悔するんだけれども、今朝は一枚の写真がその子から送られてきていた。
「白夜です。」
という一文とともに、送られてきてた画像は、夜だというのに太陽が沈みきってない、なんか景色のいい場所での写真であった。
フィンランドに行っているらしい。
この人人生楽しんでるなー。
そう思って、「あ、俺も負けずに何かしたいな」と考え出したのはここだけの秘密にしておきましょう。